シカとカモシカが山で出会うと何が起きる?~気にしないシカと気にしすぎなカモシカ~

シカとカモシカが山で出会うと何が起きる?
~気にしないシカと気にしすぎなカモシカ~

ポイント

  • シカとカモシカの直接的な交渉を8年間にわたる直接観察により64例記録しました。
  • シカからカモシカへの攻撃は観察されなかったのに対し、カモシカからシカへの攻撃は「歩いて接近」「走って追いかけ」「威嚇声」「足の踏み鳴らし」などの10例が観察されました。
  • ただし、カモシカがシカを実際に追い払えたのは2例のみで、多くの場合シカはカモシカの攻撃を避けてその場に居座りました。
  • お互いが出会ったときに、カモシカは高頻度かつ長時間シカを警戒するのに対し、シカはカモシカに対しあまり警戒行動をとりませんでした。
  • カモシカのシカに対する過剰な反応は採食効率の低下や生理ストレスの増加を通じてカモシカに負の影響を与える可能性が示唆されました。
本研究成果は、オランダの行動学雑誌「Behaviour」オンライン版に掲載(6月30日付)されました。
論文名:Behavioural interactions between sika deer and Japanese serows: are larger and gregarious ungulate dominant?
著者名:Hayato Takada*, Risako Yano, Haruko Watanabe, Riki Ohuchi, Tomoya Kanno, Akane Washida, Keita Nakamura, Natsuki Tezuka, Daiki Shimodoumae, Masato Minami
URL:https://brill.com/view/journals/beh/160/7/article-p661_4.xml

概要
 国立大学法人申博_申博信用网-官网 農学部附属野生動物管理教育研究センターの髙田隼人特任准教授(当時 山梨県富士山科学研究所)と浅間山カモシカ研究会の矢野莉沙子氏、鷲田茜氏、渡部晴子氏、大内力氏、菅野友哉氏、手塚夏季氏、下堂前大樹氏、山梨県富士山科学研究所研究部自然環境?共生研究科の中村圭太研究員、麻布大学獣医学部の南正人教授らの共同研究チームは、長野県浅間山麓の高山草原において、ニホンジカ(以下、シカ)とニホンカモシカ(以下、カモシカ)の直接的な交渉を8年間にわたる直接観察調査により記録し、2種の直接的な種間関係を解明しました。具体的には、シカはカモシカに対し攻撃行動を全く示さないのに対し、カモシカはシカに対し「歩いて接近」「走って追いかけ」「威嚇声」「足の踏み鳴らし」などの攻撃行動を稀に(10例:交渉全体の15.6%)示すことが明らかになりました。ただし、カモシカが攻撃によりシカを追い払えることは非常にまれで(2例:交渉全体の3.1%)、ほとんどの場合シカはカモシカの攻撃を気にしないか、数mよけてその場に居座り続けました。また、シカはカモシカが発見可能な近距離にいても警戒行動(注1)を示す頻度が低く、警戒行動の継続時間も短かったのに対し、カモシカはシカに対し頻繁に警戒行動を示し、その継続時間もシカに比べて長いことも示されました。カモシカは基本的に単独で暮らし、行動圏内にある食物を同種他個体から守るなわばりを持つのに対し、シカは群れで暮らし、なわばりを持ちません。この社会性の違いが2種の互いへの反応の違いを生み出している可能性が考えられました。また、カモシカのシカへの過剰な反応は、自身の採食効率の低下や生理ストレスの増加を招き、個体の生存や繁殖に負の影響を与える可能性があります。


研究背景
 複数の動物種間の競争がどのように生じるかを理解することは、生態学の主要な課題の一つです。有蹄類(注2)は世界中に広く分布する草食獣で、多くの生態系で複数種が同所的に生息するため、種間競争に関する研究が盛んにおこなわれてきました。ただし、これまでの研究のほとんどは「消費型競争(ある種の食物などの資源利用が他種の取り分を減少させることにより生じる競争)」に着目したものであるのに対し、「干渉型競争(ある種からの直接的な攻撃により生じる競争)」に着目した研究はとても少なく、実態がよくわかっていません。一部の研究者は大型で群れをつくる種は小型で単独の種に比べて干渉型競争において優位であると主張していますが、このことを支持する実例は限られています。
 シカとカモシカは日本の様々な地域において同所的に生息する有蹄類です。名前は似ていますが、2種の性質は大きく異なります。まず、体のサイズはシカでは60~100㎏前後と大柄であるのに対し、カモシカは40㎏前後と小柄です。シカは群居性で時には100頭以上の群れをつくるのに対し、カモシカは基本的に単独で、最大でも4頭の群れにしかなりません。また、シカはなわばりを持たないのに対し、カモシカはなわばりを持ち、自分の生活範囲にある食物を同じ性別の他個体から守って生活しています。大柄で群れをつくるシカは小柄で単独のカモシカよりも直接対決において優位で、干渉型競争を通じてカモシカを追いやっている可能性がありますが、実際に2種が出会った時にどのような交渉が起きるのかを観察した研究はこれまでにありません。そこで、本研究は長野県浅間山の高山草原において、直接観察による長期調査を実施し、2種の直接的な種間関係を検討しました。

研究成果
 調査は長野県浅間山の高山草原(標高1900~2404m)の約60haの範囲でおこないました。開けた環境であるため、遠く離れた場所から望遠鏡を使ってシカとカモシカの自然な行動を観察することが可能です。調査地のカモシカは見た目の特徴から1頭ずつ識別され、名前が付けられています(2023年3月7日本学プレスリリース)。シカは2000年代には調査地に生息していませんでしたが、2010年代から少数の個体が目撃されるようになり、2022年には数多くの個体が観察されるようになっています。
 直接観察による調査を2015年4月から2022年12月の8年間に、合計337日間実施し、シカとカモシカが出会った際の行動を詳細に記録しました。具体的には、攻撃や逃避行動の有無、警戒行動の有無と継続時間、移動した方向などです。その結果、合計64回のシカとカモシカの出会いを観察することが出来ました。シカとカモシカの反応はそれぞれ大きく異なりました。シカからカモシカへの攻撃は一度も観察されなかったのに対し、カモシカからシカへの攻撃は「歩いて接近」「走って追いかけ」「威嚇声」「足の踏み鳴らし」などの10例(15.6%)が観察されました。ただし、カモシカが実際にシカを追い払えたのは2例のみで(3.1%)、ほとんどの場合シカはカモシカの攻撃を気にしないか、数mよけてその場に居座り続けました。この結果は、必ずしも大型で群居性の種(シカ)が小型で単独性の種(カモシカ)よりも直接対決で優位に立つわけではなく、逆に小型で単独性の種が大型で群居性の種を追い払うことがあることを示しています。
 シカはカモシカが発見可能な近距離にいても警戒行動を示す頻度が低く(32.8%)、警戒行動の継続時間も短かった(平均:9.2秒)のに対し、カモシカはシカに対し頻繁に警戒行動を示し(68.8%)、その継続時間もシカに比べて長いこと(平均:45.5秒)が示されました。さらに、カモシカはシカを発見すると、頭を振ったり、体や眼下腺(注3)を岩や木に頻繁にこすりつけたりという、興奮行動を示すことがありましたが、シカではこういった行動の変化が一切見られませんでした。これらの結果は、シカはカモシカの存在対して基本的に無関心であるのに対し、カモシカはシカの存在に敏感に反応することを示しています。この反応の違いは、2種の社会性の違いを反映している可能性があります。群れでなわばりを持たずに生活するシカは、周りに同じ植物を食べる別の動物がいても危険がない限りはどうでもよいのに対し、単独でなわばりをもつカモシカは自分の生活範囲にある食物を防衛して生活しているため、シカが自分のなわばり内の食物を食べることを気にせずにはいられないのかもしれません。また、カモシカのシカへの過剰な反応は、警戒時間の増加に伴う自身の採食効率の低下や生理ストレスの増加を招き、個体の生存や繁殖に負の影響を与える可能性があります。

今後の展開
 シカとカモシカの種間競争については食物や生息地利用をめぐる消費型競争についての研究が多く行われてきたものの(2023年4月11日、2023年6月30日本学プレスリリース)、干渉型競争の実態についてはほとんど知られていませんでした。「大型のシカが小型のカモシカを直接的に排除しているのではないか」とまことしやかに言われてきましたが、本研究はこのことを否定し、カモシカがシカを排除することはあってもその逆はほとんど起きないことを示しました。また、2種が出会った時の反応の違いは、単純に闘争能力(体や群れの大きさ)により決まるのではなく、2種の社会性の違いを反映している可能性があることを示した点が本研究のユニークな発見と言えます。
 カモシカはシカの存在に過敏に反応するため、このことがカモシカの個体の生存や繁殖に負の影響を与える可能性が考えられます。2種の競争関係の理解をさらに深めるためには、シカの増加に伴い、カモシカの行動(警戒行動、採食効率など)や生理ストレスがどのように変化するのかを調査していく必要があります。シカの増加に伴い、浅間山の高山草原では多様な高山植物が急速に姿を消し、カモシカは2014年の調査開始当初から徐々に個体数を減らしています(2014年:31.1頭/?、2023年:19.9頭/?)。カモシカを含めた高山生態系を保全していくためには、高標高域に進出したシカの管理を行う必要があります。
 なお、本研究は第26期プロナトゥーラファンド、2021年度乾太助記念動物科学助成基金およびJSPS科研費(JP22K14909)からの助成を受けたものです。また、本研究は長野県小諸市「火山館」の全面的な協力のもと実施されました。

用語解説
注1) 立ち止まって顔を上げて対象物を注視する行動。
注2) 蹄を持つ動物群のこと。偶蹄目(牛や羊)と奇蹄目(馬やサイ)が含まれる。
注3) 目の下に位置する分泌腺のこと。ニホンカモシカではここから甘酸っぱい匂いの透明液を分泌し、樹木の枝や岩などにこすりつける。

図1:山で出会ったニホンカモシカ(上?成獣メス:ベジータ)とニホンジカ(下?成獣オス)。互いを警戒し、見つめあっている。この時は2種ともに単独であった。この後カモシカは警戒をしばらく続けたのに対し、シカは採食しながら移動していった。
図2:ニホンカモシカとニホンジカが出会った際の交渉内容の内訳。図内の数字は観察例数を示す。
図3:ニホンカモシカとニホンジカが出会った時の2種の警戒頻度(バー)と警戒継続時間(点)。

◆研究に関する問い合わせ◆
申博_申博信用网-官网農学部附属野生動物管理教育研究センター
特任准教授 髙田 隼人(たかだ はやと)
TEL:042-367-5826
E-mail:takadah(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp

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